2007年02月16日

2007.2.5(月)長居公園での行政代執行に対する抗議行動の報告

 遅くなりましたが、2月5日に大阪・長居公園で強行された強制排除(行政代執行)に対する抗議行動に東京から参加した仲間からの報告です(このかんの都庁前行動・協働炊事の報告はまた追って)。なお、当日の様子、詳細は、釜ヶ崎パトロールの会のブログをご参照ください。

====
 2月5日、大阪・長居公園のテントに暮らす仲間たちに対して、大阪市が行政代執行による強制排除を行った。理由は夏に予定されている世界陸上のための公園再整備だという。
 最後まで公園に残った7人を排除するために動員された市職員や警備員は約650名。長居の仲間たちが最後まで話し合いを求め続け、工事に協力する姿勢を示していたにも関わらず、その声は全く受け入れられることはなかった。
 昨年の大阪城公園・うつぼ公園も、一昨年の名古屋白川公園もそうだった。なぜ毎年毎年この厳寒期にこんな暴挙が繰り返されるのか。
 この事態に長居の仲間と共に抵抗するため、東京からも渋谷、新宿、池袋、隅田川、山谷、浅草と各地の仲間たちが現地に向かった。

 長居公園は00年末にシェルターが設置され(既に閉鎖)全国で初めて施策と排除がセットで行われた場所だ。施設収容と排除の結果500件あまりあったテントは激減したが、その後も長居の仲間たちは生きるために新規の小屋を建て、地域住民や若者たちとの関係を丁寧に築き上げてきた。長居から発信される仲間たちの息吹は自由で創造的でのびやかで尊厳に満ち、いつも私たちをわくわくさせた。長居はそんな公園だった。代執行の日の抵抗の姿は、まさにそんな彼ららしいものだった。

 長居の仲間たちは、抵抗の意思を表現するために芝居という手段を選び、公園に暮らす当事者と若者たちが共に舞台の上に立った。台詞を間違えながらも何度も何度もめげずに語り続けたあの人、体いっぱいに想いをこめて腹の底から声を出していたあの人、舞台の上で感きわまり涙で声を詰まらせながら頑張ったあの人―そんな光景に思わず胸が熱くなる。
 対照的に、舞台の下では市の職員が報道陣を排除し、メガホンの大きな声で「公務の妨害をしないで下さい」と無機質に繰り返して芝居の妨害を試みていた。音は大きくても生気はなく血の通わない機械のような声だった。
 しかしどんなにかき消されそうになっても、仲間たちの声は萎えることなくますます熱を帯び、輝きを放っていた。それは、命と暮らしと、そして人間の尊厳をかけて闘う人々の輝きだったように思う。

 東京の仲間たちは、いつも都庁行動の時に使う黄色いハチマキをキリッと締め、スクラムを組んで芝居の舞台を守っていた。
 その場所からは、仲間のテントが壊される様子が見える。マスコミのカメラには映らない隠れた場所で、市職員や動員された作業員がブルーシートや材木をはぎ取り、生活物資をゴミのように持ち去り、抵抗する仲間や支援者を数人がかりで取り囲み乱暴に引きずり出した。
 その様子に、日頃、共同炊事の場などではいつも穏やかな仲間たちが一変。市職員に詰め寄り抗議の意思をぶつける場面も見られた。

 東京の仲間たちと同じ場所で共にスクラムを組んでいたのは、応援に駆け付けた若者たちだった。
 彼らは、思い思いの言葉で抗議の声をあげ、警備員や職員に語りかけていた。当日集まった約150人のうちの多くが、彼ら若いフリーターや学生たちだった。

 地域の人々もまた、長居の仲間たちを支えていた。強制排除に反対する署名約5000筆のうち500筆は、地域の人々からわずかな期間で寄せられたものだそうだ。テレビの生中継を見て駆け付けた地域住民が「ひどいことするなあ」「なんで弱い者いじめするんや」と言うのを何度も耳にした。

 かつて行政は、マスコミも利用して野宿者と地域住民との軋轢を煽り、排除を正当化してきた。しかし、もはやそのような筋書きは通用しないということを、この長居の取り組みで確信できたような気がする。
 野宿者のみならず、高齢者、障害者、非正規労働者など地域で暮らす様々な立場の人々が、競争を強いられ、切り捨てられ、窮々としている今、多くの人々が行政や資本と共に自分たちより弱い者を非難し踏み付けることよりも、弱い者同士手を結び、支え合い、尊厳を持って人間らしく生きる方を選び始めているのではないだろうか。長居の小屋はなくなってしまったけれど、このエネルギーがなくなってしまうとは到底思えない。

「二度と代執行はさせない」「何年かかってもやり返すぞ」

そんな言葉に確かなものを感じた。
posted by 全都実 at 19:25| 強制排除 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。